凡人の努力は生まれつきの才能に勝てないのか?【個体値と努力値】

才能」と「努力

どっちが大事なのか?ずっと決着がつかないテーマの1つですが、僕は生まれつきの才能>>>凡人の努力だと考えています。


小学生くらいの男の子は

「将来はプロ野球選手になりたい!」

と夢を語ります。


でも、努力したところでプロ野球選手になれるのは本当に一部。さらにスター選手となって活躍できる確率ともなれば極めて低いです。

凡人が努力してもイチローにはなれません。


けど、これは一流を目指す場合の話。

僕らが学校、会社で普通に暮らしていくなら1.5流で十分です。どんな世界でもNo1を目指すのは大変だけど、別に僕らはそこまで求めないですよね。


そして凡人同士においては、努力>>>才能です。

もちろん才能があるに越した事はありませんが、どんなに才能がなくても1.5流は目指せるし、「自分には才能がなくて…」というのは単なる言い訳です。

僕自身、才能のカケラも感じられない出涸らしのような人間ですが、それでも努力次第で人間は変われる証拠をお話していきます。


人間はポケモンと同じ


ちょっとポケモンを例に出させてください。

もちろん、極めてマジメな話です。


ポケモンのゲームに少し深くハマると分かるのですが、強いポケモンを育てるのに重要な3つの要素があります。それが「種族値、個体値、努力値」です。


種族値


「犬」と「人間」を比べてみましょう。

人類最速のウサインボルトは100mを9秒台で走りますが、何の訓練もしていないそのへんの犬を連れてきて競争させたら、確実に犬が勝ちます。


人間は犬に、スピードで勝つことはできない。

犬の「すばやさ」が100なら、人間の「すばやさ」は50くらいでしょうか。


反対に「知能」というステータスを人間と犬で比べれば、「犬」が10くらいなら人間は「100」はあるでしょう。生き物の特徴が種族値と言えます。


もちろん同じ人間である限り、種族値はみんな同じ。

人間同士を比べて種族値の差が生まれる余地は一切ないし、1人1人の違いを生むポイントは次の「個体値」と「努力値」の2つになります。

個体値


個体値は、いわゆる「生まれつきの才能」です。

ポケモンには「こうげき」「すばやさ」など複数の能力がありますが、1つ1つの能力に個体値、つまり才能の差が0~31の数字で設定されています。


個体値の数字が大きいほど才能アリ。

反対に数字が小さいほど才能ナシです。

ポケモンの個体値の事例
ピカチュウA すばやさの個体値5
ピカチュウB すばやさの個体値15
ピカチュウC すばやさの個体値30

この例だとピカチュウAは才能ナシ。ピカチュウCは才能アリ。個体値は生まれたその瞬間から決まるので、才能の差は絶対に変えられません。

これは人間と同じですよね。


ただ、ポケモンの能力は他にもあります。

「すばやさ」では才能に恵まれたピカチュウCも、「攻撃」「防御」では才能が低いかもしれない。反対に、ピカチュウAはそれら2つ能力では優れているかもしれない。


さらに人間は能力値の数が無限です。

ポケモンは合計6個しか能力が存在しませんが、人間は「勉強ができる」「コミュ力がある」「音感がある」など実質無限といえる数の能力が存在します。



人間に才能の差があるのは否定しません。

けど、仮に人間に1000の能力があるなら、そのすべてが1人の人間より劣っているなんてあり得ると思いますか?

あなたがどれだけ自分を「低個体値」な存在だと思っていても、必ず他人よりも優れている能力、少なくとも人並みな能力が必ず存在しています。

努力値


ポケモン(人間)の能力を決める3つめの要素が努力値です。

ポケモンのゲームでは生まれつきの才能である個体値を何よりも重視するのですが、人間が生きていく上ではこの努力値が何よりも重要になります。


まずは個体値の話を振り返りましょう。

ピカチュウA:すばやさ個体値20
ピカチュウB:すばやさ個体値25


仮に2匹のピカチュウがいた場合、個体値(才能)の低いピカチュウAは、すばやさでは何をやってもピカチュウBに勝てないことになります。


ここで、努力値が出てきます。

ポケモンは育て方次第で特定の能力を大きく伸ばせます。すばやさの才能が低いピカチュウAが、才能の勝るピカチュウBにすばやさで勝てるわけです。


ただし、努力値は上限があります。

だから「攻撃」が高いピカチュウを育てるとか、「すばやさ」が高いピカチュウを育てるとか、これはプレイヤー1人1人の手腕によって大きく違ってくるわけです。


人間とポケモンの最大の違いは、

努力値に上限が存在しない点

ですね。

人生80年と言われる現代では、この80年間をどう過ごすか、何をして過ごすかによって人間の能力は大きく変わってくることになります。


例えばどんなに野球の才能がなくても、何年、何十年と野球を続けていたら、そのへんの一般人よりは確実に上手なプレイヤーになれますよね。

これが僕が1.5流までなら努力>>>才能だと思う理由で、人間には実質的な時間制限が存在しないので、無限に努力を積み重ねれるわけです。


それ、個体値じゃなくて努力値の差かも


ここまでの話を聞いて

お前は本当に才能のない人を分かってない!

と思うかもしれません。

僕自身も、何をやっても最初は人並み以下な人間で、「人生ってあまりにも不公平じゃないか?」と感じた事は何度もあります。というか、今もたまに感じます。


けど、これって才能の差だけだと思いますか?

それまでの生き方、努力値の差だとは思わないですか?


学生時代の勉強を例に考えてみましょう。

僕は勉強の成績が良い人ほど人間として優れているとは思いませんが、良い高校、良い大学に入った人は能力が高いと思っています。


良い大学に入る=しっかりと勉強する。

でも単に時間をかけて勉強すれば良いわけではないし、どうすれば効率的に学べるか、ポイントをどう抑えるか、どのように自己コントロールするか考える必要があります。


だから彼らは、継続する力がある。

また、新しい物事を効率的に吸収できる。

良い成績を取るために努力してきた過程があるからこそ、やはり学生時代に良い成績を残した人は、その後の人生で力を発揮できる場面が多いです。


けど、僕はその反対。

学生時代はテスト期間しか勉強しなかった上に、勉強方法もただ時間だけこなすやり方で、今考えれば単に自己満足に浸っていただけでした。


おかげで、僕は初めて取り組むことへの効率が悪いです。

スポーツも、勉強も、はじめて取り組むことは人並みにできない。これは才能の差というより、「学び方」を勉強を通じて習得できなかったのが原因だと思っています。


つまり、自業自得なわけですね。


アフィリエイトを教える時に強く感じるのですが、なかなか結果がでないと「才能のある人と違って私は才能がないので…」と言い訳する人が必ずいます。

けど、それは才能よりも今までの生き方の差です。


今まで努力してきた人がトクをして、あまり努力してこなかった自分は他人より頑張らなければいけない。これって当たり前の事だと思いませんか?

人は目の前にいる人との差の原因を、生まれつきの才能に求めてしまいがちですが、実際には今までの努力や生き方の差があることは忘れないようにしましょう。


他人と違う才能を磨こう


人間には個体値(才能)の差がある。

けど、人間はポケモンと違って無限のステータスがあるし、すべてが他人と比べて劣っていることはないとお話してきました。


あなたにも、他人と比べて秀でている部分は必ずあります。

今の世の中は、必要される能力が固定化されているので、それらの能力が低い人は自分の生まれつきの才能のなさに絶望してしまいがちです。


学校では頭の良さ、運動神経。

社会では仕事の効率、コミュ力。


けど、人間の価値ってこれだけで決まらないはずです。

他人より劣っている才能はあなた自信が一番理解しているはずなので、自分に才能がないところで勝負しても意味はありません。

人並み、もしくは人並み以上にできる才能を磨きましょう。そこに努力値を振れば、あなたは1つでも他人には追いつけない武器を手にする事ができます。


1.5流までは努力>>>才能である


誰でもプロ野球選手になれるとか、東大に入れるとは思いません。一流になろうと思えば、努力に加えて生まれつきの才能も必要でしょう。

けど、多くの人は一流なんて目指さないわけです。


会社で仕事の成績を上げたいとか、学校でテストの成績を上げたいくらいなら、才能よりも努力(どう過ごすか)のほうがはるかに重要です。

実際、1.5流以下の人はひたすら努力するなんて事はありません。寝るまでバットを振り続けたりしないし、部活が終わって家に帰れば友達とLINEしたりスマホゲームで時間を潰してるわけです。

だから、努力でなんとかなります。


自分が80歳まで生きるとして、残りの人生を何に費やすか。何に努力値を振るかであなたはどんな人間にもなれるし、才能なんて気にせず行動を始めましょう。